望遠鏡をのぞく彼女

FrisbeeDolphinM2005-11-24


「ウソつき!」
 少し怒りながら、彼女は言った。

 北海道の広大な大地に彼女は興奮していた。
 牧場で食べたアイスクリームの美味しさに感動し、今は、展望台からの見事な眺望にはしゃいでいる。
 この町で育った俺には、彼女の感動ぶりがあまり理解できなかった。
 人口より牛の数の方が多い田舎…
 早く町を出るためにがむしゃらに過ごした学生時代。
 自信を持って言える。
 この町には、楽しい事なんて何もない!

「あっ!望遠鏡!」 観光地に良くある、コインを入れて数分のぞける望遠鏡が並んでいた。
 無邪気に喜ぶ彼女に、なんだかイジワルしたくなった。
「俺が高校生の頃、あの望遠鏡はには噂があったんだ…」
 思わせぶりに、今思いついたウソを重ねる。
「右側の尾根にある展望台から、こっちを望遠鏡で見ている人と眼があったら願い事がかなうって…」
 キラキラと瞳を輝かせ、彼女は望遠鏡をのぞき込む。
 何も見えなくて、慌ててコインを投入する。
 尾根にある他の展望台には、望遠鏡なんてない。
「ウソつき!」
 それに気が付いた彼女が、少し怒りながら言った。
「左の尾根だったかなぁ〜?」
 左の尾根には、展望台すらない。
 心の中で舌を出しながらとぼける。
 再び望遠鏡をのぞく彼女に、なんでそんなに一生懸命なのだろうと思う。

「あっ!」
彼女がびっくりした顔でこっちを見た。「目が、あっちゃった…」
「まさか…」
 彼女から望遠鏡を渡され、左の尾根を探す。
 展望台が見えた。
 俺がこの町を出た後、新しくできた展望台らしい。
 キラリと、尾根の望遠鏡のレンズが光った。
「うわさ、本当だといいね。」
 そう言って嬉しそうに微笑む彼女を見ていると、この町も捨てたものじゃないって思えた。